【交通安全ニュース解説コラム】第98回 ながら運転を見逃すな─警察庁が強調する“映像精査”の徹底
みなさんこんにちは、ディ・クリエイトの上西です。
先日、警察庁が各都道府県警察の交通部に宛てて、ある文書を事務連絡として出しました。それが、ドライブレコーダー映像等の客観証拠の精査を徹底することでした。
文書には、容疑者の供述だけに頼らず、客観証拠を精査すること、映像に音声がない場合、設定上のものか、再生ソフトによるものかを確認すること、携帯電話使用中の事故が増えているため、通信履歴も確実に確認すること、などの内容が含まれていました。
見逃された事故原因
通達が出された背景には、1件の交通事故があります。
2019年1月、千葉県内で横断歩道上の歩行者が乗用車にはねられて死亡する事故が発生しました。
この事故では、ドライブレコーダーの映像も証拠として提出されていました。
乗用車の運転者は、「遠方の交差点の信号を見ていた」と供述し、自動車運転処罰法違反(過失致死)の疑いで書類送検され、2021年6月、禁錮2年、執行猶予4年の有罪判決が下されました。
ところが、刑事裁判の判決確定後、遺族が民事裁判のために証拠の開示を請求した後、新たな事実が判明したのです。
事故時のドラレコ映像を再生したところ、運転者が、同乗者のいない社内で誰かと会話をしているような音声が聞こえてきたそうです。
つまり、「ながら運転」をしていた可能性があったということです。
刑事裁判の際にも、当然ドラレコ映像は再生されたのですが、千葉県警は、再生ソフトの互換性の問題で音声データの存在に気づかないまま、捜査を進めてしまったということでした。
そのため、「ながらスマホ」の有無については捜査が尽くされなかったのです。
客観的事実は別の側面を明らかにする
私は20年以上、事故防止の現場でドラレコ映像を見続けてきました。
その中で痛感するのは、運転者の主観とドラレコの客観は、まったく別の世界にあるということです。
今回の「ながらスマホ」について発覚したような事案だけでなく、事故の状況も、運転者の主観とドラレコの客観では、まったく違う状況が見えてくることが多々あるのです。
運転者が「止まった」「避けた」と感じていても、映像ではブレーキが遅れていたり、ハンドル操作が足りていなかったりします。
また、歩行者あるいは自転車が「飛び出して来た」と証言する運転者もいます。
しかし、映像を見ると、飛び出していないどころか、かなり前から視界に入る位置に歩行者や自転車がいることもあります。
主観は”心の記録”、ドラレコは”事実の記録”です。
どちらか一方では、真実は見えてきません。
だからこそ、私たちはその動画を教育に使っています。
映像は責めるためではなく、学ぶために使うべきものです。
客観的な記録を冷静に分析し、主観と照らし合わせることが、再発防止の第一歩です。
このコラムを読んでいるみなさんも、もし日常の運転の中でヒヤリハットの場面があったら、ぜひ帰宅してからその映像を見直してみてください。
おそらく、ヒヤリとしたその場で感じた衝撃や感覚とは、少し違った印象を受けるのではないかと思います。
また、その映像を見直した時に、自分の運転行動を振り返ることもできます。
事故防止のためにこそ、ドラレコ映像を活用してください。
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執筆:上西 一美
株式会社ディ・クリエイト代表
一般社団法人日本事故防止推進機構(JAPPA)理事長
Yahooニュース公式コメンテーター
1969年生まれ。関西学院大学法学部卒業。大手企業を経て神戸のタクシー会社に25歳で入社。27歳からその子会社の社長に就任。その経験を元に、2004年ディ・クリエイトを設立し、交通事故防止コンサルティングを開始。ドライブレコーダーの映像を使った事故防止メソッドを日本で初めて確立し、現在、年間400回以上のセミナー活動をこなす。2万件以上の交通事故映像を駆使し、その独特の防止策で、依頼企業の交通事故削減を実現している。2019年よりYouTube番組『上西一美のドラレコ交通事故防止』を毎日更新中。